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福岡地方裁判所 平成7年(ワ)1660号 判決 1996年3月12日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

一  請求原因第1項の事実、同第2項の事実のうち、原告が福岡興業から本件土地に同社新社屋の建築工事の注文を受け、請負人として工事をしていたこと、同第3項の事実のうち、被告組合と福岡興業との間に紛争が発生し、福岡興業に対し、工事禁止の仮処分が発令されたこと、原告が被告組合に対し「お願い」と題する工事の邪魔をしないように求めた書面を配布したこと、被告加藤宛に右「お願い」が封書で届いたこと、同第4項の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、仮処分決定が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取り消された場合において、これを執行した仮処分申請人が右の点について故意又は過失があったときは、右申請人は民法七〇九条により、被申請人がその執行によって受けた損害を賠償する義務があるものというべきである。そして、一般に、仮処分決定が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が確定した場合には、他に特段の事情のない限り、右申請人に過失があったものと推定するのが相当であるが、右申請人において、その挙に出るについて相当な理由があった場合には、過失の推定を覆すに足りる特段の事情があるものと解すべきである(最高裁昭和四三年一二月二四日判決・民集二二巻一三号三四二八頁)。

これを本件についてみると、本件仮処分決定は保全抗告審において取り消され、またその本案訴訟において被告組合は原告に対する請求を放棄したものであるから、保全抗告審の取消理由及び被告組合の請求放棄の動機がそれぞれ後記三の4及び5のとおりであるとしても、なお申請人たる被告組合に過失があったものと推定されるというを妨げない(なお、被告組合において、被保全権利及び保全の必要性がないことを知りながら、あえて故意に本件仮処分申請をしたことを認めるに足りる証拠はない。)。

三  そこで、本件仮処分当時、被告組合が本件申立てをし、本件仮処分の執行をしたことに相当の理由があったか否かについて検討するに、前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  被告組合は昭代住宅団地内の土地所有者で構成される組合であり、組合の共有物の管理及び団地内建築物の建築協定等をその目的としている。

被告組合の組合規約三三条には、平成三年一〇月の規約改正により(一)一戸建て住宅で、かつ地上二階までとする、(二)建物の高さは一〇メートル以下とする、(三)共同住宅は建築しないものとする、として団地内の建築物を規制している。

福岡興業は昭和四〇年ころからの被告組合の組合員であり、福岡興業代表取締役松岡ユリコは平成三、四年度中は被告組合の建築協定委員会の委員として建築規制の改正案の策定等を担当するなど住環境の保持に協力しており、松岡が建築規制改正に異を唱えたことはない。

2  ところが、平成五年一、二月ころ、福岡興業は団地内の本件土地上に地上三階建の事務所建築を計画し、被告組合が再三設計内容の変更を申し入れたにもかかわらず、同年九月一三日、工事請負人である原告をして計画どおりの三階建事務所建築工事に着工させた。

被告組合は福岡興業を相手として平成五年一〇月二七日に建築禁止の仮処分の申請をし、同年一一月四日の第一回審尋に臨んだが、その際、右仮処分の担当裁判官より福岡興業に対し、工事停止の協力要請が行われたにもかかわらず、福岡興業は同月一五日の審尋期日までのわずかな期間中も工事を続行して、三階部分までの外壁工事と屋根工事を完成させた。

3  同月二六日に福岡興業に対する工事禁止仮処分決定が下され、同月二九日、右を理由に、福岡興業から原告に対し、書面により工事停止の要請がなされたが、原告は構わず工事を続行した。

そればかりか、同年一二月七日、本件仮処分決定が下されたが、原告はなおも工事を中止せず、裁判所が仮処分の執行を行った同月二一日までの間に建築工事のほぼ九割以上を完成させてしまった。

4  平成六年七月二八日、保全抗告審において、「相手方(本件の被告組合)の主張する被保全権利は、もともと相手方と福岡興業との間の合意による建築規制に基づくものであって、相手方の人格権や所有権侵害に起因するものとは異なり、被侵害利益は必ずしも大きくない。しかも、本件仮処分申立てのころには、本件ビルの三階、塔屋までの骨組みや外壁工事はほぼ完成していたのであるから、この時点で本件ビルの建築工事を続行させたとしても、将来の違反建築部分撤去の執行が著しく困難になるとは認められない。これに対して、抗告人(本件の原告)は、右の建築規制に関する合意の当事者ではないにも関わらず、右工事を完成しなければ請負代金の支払いを受けられず、右支払いがなければ下請業者に対する支払いもできないというのであるから、本件仮処分によって被る抗告人の不利益は大きいといわなければならない。したがって、抗告人の建築続行が相手方に著しい損害を与えるものとはいえず、又、切迫した危険を相手方に生ぜしめるものとも認められないので、本件仮処分の申立ては保全の必要性を欠くものである。」として、本件仮処分決定が取り消され、本件申立ては却下された。

5  被告組合は、本件仮処分の本案訴訟において、同年一〇月二四日に請求を放棄したが、右は、福岡興業に対する本案訴訟において、建物の取壊しが認められれば、目的が達成でき、あえて原告に対する本案訴訟を継続する必要はないと判断したことによるものである。

四  右認定事実によれば、被告組合は、当初組合規約を被保全権利として、その組合員である福岡興業に対し、工事禁止の仮処分を申し立て、その旨の仮処分決定を得たものの、福岡興業に対して請負代金債権を有するにすぎず、工事の続行を求める権利を有するはずもない(したがって、福岡興業から工事中止を求められれば、それに従うべき立場にある)原告が、その後も本件工事を続行していたのであり、しかも、福岡興業においては、同社に対する仮処分の審理中も可能なかぎり工事を続行し、これを既成事実化しようとする意図があったものと推認できること(前記三の2)を併せ考慮すると、福岡興業としては、工事禁止の仮処分の発令を受けた後も、形式的には右仮処分決定の効力が及ばない原告をして工事を続行させ、同決定の実効性を失わせようとしているものとみられてもやむをえないような客観的状況にあったものというべきである。

そうすると、被告組合としては、福岡興業だけでなく原告をも相手にして工事禁止の仮処分決定を申請するのでなければ、福岡興業に対する組合規約に基づく権利の実現を確保することが困難となることは見易いところである。したがって、被告組合が本件申立てをしたことは、右権利の実現を確保することを目的としたものとして、まことに無理からぬものがあり、過失の推定を覆すに足りる特段の事情があるものということができる。

そして、被告組合が本件申立てをするなどしたことについて過失があったものと認めるに足りる証拠もない。

五  以上によれば、被告組合が本件申立てをし、本件仮処分の執行に及んだことについて、故意又は過失があったものと認めることはできないから、その余の点につき判断するまでもなく、右仮処分申請を不法行為として、被告らに対して損害賠償を求める原告の本訴請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西 理 裁判官 神山隆一 裁判官 早川真一)

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